5/26(月) 事務所で作業中の17:30に母が入居中の老人ホームより電話。 「呼吸弱く、もう亡くなりそう」とのこと。都内在住の兄たちにも先に電話したそうだが、たまたま出なかったのでこちらにもかけてくれた。兄弟間の情報共有LINEで連絡を取り合い、私も向うことにした。
自宅に戻り、バタバタと荷造りして出発。1時間の新幹線を予約。
新幹線駅に向かう途中の18:47に死去の旨の書き込み。死に目に会えなかった訳だが、そもそも死に目に会うというのは昔のように大家族で暮らしていて、仕事も自宅周辺という条件下であるか、又は現代的に死に目に会うために強制的に延命処置をしているが故か、といった条件の話であろうし、ここ数か月間は何度も行って生きている状態の母に会っていたので、それほどのしくじり感は無い。とりあえず、お疲れ様と冥福を祈った。
新幹線の中でもLINEのやりとりは続いた。私は当初、遺体をホームから自宅に移すかと思っていたのだが、今回の葬儀スタイルだと遺体は直接斎場に行き、そこで弔問を行い、のち火葬場に行くとこのと。なので私も自宅ではなく斎場に向かう。
斎場では素手に兄二人と葬儀業者の方が打ち合わせ中で、棺桶に入った遺体も祭壇向こうにあった。さしあたり線香をあげ顔を見る。苦悶の表情は無くただ疲れた感じの母の顔であった。若干、入れ歯がズレて受け口のような表情にも見える。この辺は葬儀業者のメイクさんが明日整えてくれる手筈。
火葬は5/29(木)の09:00。そこに至る5/27と28は弔問タイム。なのだがそれほど沢山の人が来る訳ではない。母は長年に渡って教師であり、また交友関係も広かったので、死去を通知すれば多くの人が来るだろう。しかしその儀式に我々は大した意味を感じなかったので、簡便に済ませることとした。
この日は兄二人はそれぞれ自宅に帰り、私は実家に帰った。