八幡平にて強風・曇天と晴天が急変する中で紅葉および廃墟→裏磐梯へ

八幡平で紅葉の実景撮影をしていると、遠くに異様な建物群が見えた。


撮影終了後、その建物群に近づいてみる。
鉱山住宅の跡だ。中聡が以前書いてた松尾鉱山ってここだったんだ。
なんというかヨーロッパ的なかんじ。


「本丸」にあたるアパート群に接近するのは時間的にも労力的にも
無理そうだったので、道路近くに建つ独立した建物に行ってみる。


特にバリケード等で封鎖されていないので、普通に内部に入る。
厳密に考えれば不法侵入に当たるので躊躇したが、好奇心に負けた。


壁面や天井のコンクリート各所には、亀裂や崩落がある。でも、
全体としては現役時代の姿をとどめてる。


ここは独身寮だったようで、それぞれの居室は狭小。床板は既に無く、
コンクリ基礎が露出している。


素通しの窓から「本丸」の要塞群が見える。


こちらは浴室と食堂らしい。


割と狭めの大浴場です。


外階段はすっかり浸食されてこの有様。


外階段付近から「本丸」を見る。



…ヨーロッパ的と書いたけど、要するにタルコフスキー的な風景でした。
こういう不法侵入行為を公開するのはためらわれたんだけど、あまりに印象的だったので…

松尾鉱山
 明治15年に発見された硫黄鉱山。大正3年の松尾鉱業株式会社創設以来、発展を続け、東洋一の硫黄鉱山といわれるまでになった。
最盛期には従業員4000人、鉱山人口15000人を数え、鉄筋コンクリート造り完全暖房のアパート、県内一の総合病院や劇場などが次々に建設され、標高1000メートルの山上に近代都市が出現。“雲上の楽園”と称された。
 昭和30年代に入り、安い国外硫黄の影響、さらに石油精製の過程でできる回収硫黄に押され、遂に昭和44年閉山。